本研究の目的
人間の安全保障から考える難民保護と帰還の課題
―世界に拡散したルワンダ難民の事例―
一般に「紛争の犠牲者」という固定的なイメージが強い難民は、さ まざまな恐怖の中で生きており、 「人間の安全保障」ならぬ、完全なる「人間の不安全保障」 (human insecurity)の状態に陥っている。その上、難民は紛争の要因の一つである憤懣にも満ちており、 「紛 争の加害者」にもなり得る。難民受け入れ地域や難民出身国における難民を取り巻く状況の不安 定化や紛争が引き起こす要因の一つに、難民の意思を無視した非自発的な本国帰還や、庇護国で の不徹底な難民保護が挙げられる。
難民が紛争の加害者になる動きは、特に 1990 年代にアフリカ大湖地域で見られたが、その中でも、30 年間の亡命生活後、1990 年代に武力侵攻、内戦、虐殺を生じたルワンダ難民の役割は著しかった。難民の保護と恒久的解決策の探求が任務である国連難民高等弁務官事務所(UNHCR) は、1960 年代にルワンダ難民が帰還し、民族間の和解が成立していれば、30 年後の虐殺が回避できたかもしれないことを認めている。しかし、 1990 年代に発生したルワンダの大量難民、 そして現在、保護と帰還の問題に直面している同難民に関しても、UNHCR は十分に恒久的解決策 を探求してきたとは言い難い。そもそも過去の難民とは異なり、1994 年の虐殺以降、逃亡してい る現在のルワンダ難民の状況について、断片的な報告はあっても、体系的な研究は日本・世界において皆無である。
予備調査で判明したことは、ルワンダ難民が亡命先によって、本国・受け入れ政府と UNHCR という三者による「人間の不安全保障」 の構造に取り囲まれていることである。この理由について、UNHCR とルワンダ政府曰く、ジェノサイド後、本国は平和になったためにルワンダ難民の認定を終了したのだが(難民地位終了条項)、 本条項の適用は難民保護の喪失に加えて、難民が庇護国で定住できない場合は主に本国への強制 帰還を意味する。難民化の根本的原因が解決されないまま難民が本国に帰還しても、再び難民が発生し、地域の不安定化と紛争の再燃になりかねない。実際には、ルワンダ難民は集団ではなく 個人単位で国外に逃亡し、かつ政治的な理由のために、国籍を偽造して難民登録をしている。つまり、ルワンダ難民の「不安全保障」の実態が不可視化されているのである。
これまで難民と(人間の)安全保障と紛争の関係性に関する研究は数多くあるが、ほとんどが 難民キャンプ内に限定したものとその軍事化、「難民戦士」や移動中に伴う安全問題についての み議論されている。難民の保護や帰還に関してそれぞれ指摘されている点は、近年UNHCR以外に多くのアクターが全体的な保護に関わることによって、保護の概念が曖昧になっていること、そして帰還とは、ある場所というより、政治的コミュニティーに戻ることであり、 両方ともさらに議論を要する。帰還に関して、ルワンダ現政権による重大な人権侵害と構造的暴力が原因で、難民は安全に故郷に戻れず、終了条項の適用が早まった決断であるという批判が増えている。早すぎた強制帰還はかえって紛争の再燃の要因となるが、このような強制移動と平和構築の関係性の認識はまだ薄い。日本においても、難民地位終了条項と帰還に関する研究はほぼ皆無であり、国外でも少ない。
難民の「人間の不安全保障」が不可視化されている場合、国際社会はどのように難民一人ひとりの安全保障を高め、難民保護を強化できるのだろうか。本来相互関係にあると 言われる国家の安全保障と人間の安全保障のそれぞれの利害が対立する場合、国家と難民個々の どちらに応じるべきなのか。そして、人間の安全保障の主体である国際機関(UNHCR)がその役割を果たさず、逆に難民の意思に反して帰還を強制した場合、どう対処し、紛争予防につなげるべきなのか。過去の残虐行為が繰り返されないためにも、ルワンダ難民であった当事者を含む多分野の研究者と共に、難民の現状分析を十分にする必要性が求められている。